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4D界隈

別世界からウインクしてる

懺悔や似た類のものやあれそれ

 

7年くらい前だったか、見知らぬ人に土下座したことがある。どうしてそうなったか、というのは省略するのだけど。

まあ、そのときに死にたいのか!?って言われたんだけど、それに対しては答えることができなかった覚えがある。その当時の私は死にたかったのかもしれないなあ、と思った。

そしてこのことは、母にさえ言えなかった。

題にある懺悔というのは、こういった話である。これは忘れたつもりで思い出して苦しくなるので、今ここに書き出した次第。

 

7日に、父方の祖母が亡くなり、今日の9時半から告別式がある。こんなこと書いてないでさっさと寝ろという話なのだけど、心が落ち着かないのでしたためているだけなのだ。

私にとってこの通夜と告別式は、正直言って面倒臭いという気持ちでいっぱいで仕方がなかった。薄情と思われることは承知の上である。

父方の祖父母にはあまり良い思い出がなく、すぐ思い出せる事といえば、祖父に新年早々大人気なく怒られたことと、幼稚園のときに祖父母がくれたクリスマスプレゼントにあまり喜べなかったことだ。

父方の祖父は私が小学生のとき亡くなった。そのとき涙は出なかった。その当時は祖父の死よりも、祖父の入っていた病院で読んだマーガレットの、イタズラなKissの続きが気になっていたのに、作者の急逝とそれにより作品が未完で終わってしまったことの方が余程ショックだった。

今回だってそうだ。彼女が亡くなったことより、一人のアイドルの死の方がずっとずっと涙が出るし、ずっとずっと胸が痛いのだ。

なんというか、関係の希薄さを自分の中で改めて実感している。関係を希薄にしてしまったのは、自分自身だとも分かっている。

 

父方の祖父母の家に向かうと昔はそうでもなかったけれど、年を重ねるにつれ、自分がどう振る舞えばいいのかよくわからなくなってしまったのだ。これは父方の祖父母の家というか、父方の親戚の前にいるとき、というのが正しい気がするけれど。

今回も私はどうしていたらいいのか分からず、とりあえず誰の目にもあまり触れないようにするために、会わないようにするために、出来る限り遅く向かい、空間の端の方に存在するようにしていた。

思い返せば、母の葬儀のときも、なるべく誰の目にもつかないようなところにいた記憶がある。会場の階段の一番上、寒いのを我慢して、一人でイヤホンで音楽を聴いていた。大人数のところで一人になれる空間を探してしまうのは、もう直しようのない癖なんだろう。

 

「○○ちゃんが来てくれるの、おばあちゃん待ってたんだよ」と、叔父嫁は言ってくれたけど、ふんわりとしか受け止められなかったこと。そう思ってしまうくらいの薄情な孫でごめんなさい。

母ならびに母の両親に悪態をついていたということは、父と同じくらい許せないんですよ。だから、それも許してください。

父の面倒を私は見切れるとは思えなくて、こないだ市内の老人ホームを調べたこと。

私に「いい人いないの?」「結婚は?」「子供は?」と期待はもうしてはいけません。私は結婚生活に向いている人間ではありません。もし結婚できたとしても、子供は、おばあちゃんが一人いなくて、いとこも少ないことになるので、子供にとって可哀想と思ってしまうので、きっと子供も産みません。これは、母が生きていたらまた別だったとは思うけど。そうやって考えて生きているということ。

 

以上が今記しておきたい取り留めのない懺悔やそのようなもの。

皆様は美しい人生を送ってくださいませ。おやすみなさい。