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4D界隈

別世界からウインクしてる

ありがとう、そしてこれからもよろしく

 

ASIAN KUNG-FU GENERATIONの新譜『荒野を歩け』と、結成20周年記念BOX『AKG BOX』を買って、早速聴いているところ。

 

『荒野を歩け』は、正直ここ最近のシングル(と言ったって去年から現在までで3枚しか出してはいないのだが)で一番好きだ!と思った。Right Nowとブラッドサーキュレーターが悪いというわけではないのでそこはご留意願いたい。

かっこいいとか、そういった形容詞で表すようなものじゃなくて、ただひたすらに『僕たちの好きなアジカンって、そういえばこういう感じだよね』と再認識させてくるような一曲であるように思う。

じゃあ前2作がアジカンらしくなかったっていうのか!?というのもそういうわけではなく、荒野を歩けという一曲がバリバリにアジカンを感じさせてくるのである。

それが特に感じられるのが「背面三回宙返り」からのメロディかなと。聴いたらアジカンのメロディだよ!あーめっちゃアジカン!これめっちゃアジカンのメロディだ!!と無駄にアジカンのメロディというワードを出してしまったくらいにアジカンなのだ。マニアックなところになってしまうけれど、アジカンの曲のCメロが好きな人なら絶対好きだよ、って言いたくなるメロディなのだ。(ただここのメロディをCメロと言っていいのかはわからない。この曲においてはBメロかな) 

 

そしてこれが東宝系映画「夜は短し歩けよ乙女」の主題歌である、ということも忘れてはならない。YouTubeにアップされているMVや予告を見て、これはエンドロールで流れるのを想像しただけでもう私はじわじわと泣けてきてしまうのだから、まあそれなりに重症だよね!と自覚はしている。

アジカンのこれまでの映画主題歌曲、(『ピンクとグレー』に関しては未見なので述べられず申し訳ないのですが)『鉄コン筋クリート(以下鉄コン)』における『或る街の群青』、『横道世之介』における『今を生きて』、主題歌としての役割を見事に務めているのだ。

鉄コンのエンドロールで流れる或る街の群青の爽快感たるや、贔屓目なのは重々承知で「アジカンが主題歌で良かった!」と心底思っているし、(RADWIMPS野田洋次郎が過去に自身の連載において「アジカンに鉄コン主題歌が来たのマジで悔しかった」と発言していて、もしRADだったら…と考えたらいや!アジカンで良かった!アジカンだからこそあのエンドロールが!と今でも思う)(RADファンの方々、気を悪くしないでくださいね)

横道世之介のエンドロールでの今を生きては、横道世之介というストーリーを振り返り噛み締めさせる力が素晴らしかったと、私は感じている。おかげでエンドロールでほろほろ泣いた。2時間40分という映画としては長い物語の終わりに相応しい、優しさと強さと輝きを併せ持った主題歌だった。

これらを踏まえた上で、『夜は短し歩けよ乙女』の主題歌としての『荒野を歩け』に期待せざるを得ないのだ。森見登美彦×中村佑介×湯浅政明×アジカンは『四畳半神話大系』という実績もある!と、自らでハードルを上げてしまうと後々首を絞めることになってしまうけれど。

それでもいい。馬鹿みたいに胸を打たれているのだから、それくらいハードル上げたってきっと大丈夫なんだ、応えてくれる。と、これまでのずっと好きな自分は信じているのだ。

 

『荒野を歩け』、ちょっとアジカンから離れちゃったなって人にも是非聴いていただきたい1曲である。結成20周年を迎えて、またこれから向かっていくアジカンの音楽が素晴らしいものになるよ、と伝えてくれる1曲だと思うので。

 

そしてAKG BOX。

発売前にTwitterで「新規音源は特になし、ブックレットは総まとめのようなもの、プラスサイン入りミニ色紙、それで2万…」とかブツクサ言っててすみませんでした、という気持ち。

しかしこう言ってたにも理由はあって、2016年に同じく結成を迎えたTEAM NACSの20周年記念BOXは新規撮り下ろし特典ディスク込みのブルーレイ6枚組で定価2万(各通販サイトにより価格に変動があります)だったので、Blu-spec2CD12枚組にサイン入りミニ色紙付き、しかし新規と呼べるものはなし…それで2万とか考えてしまったのです。(椎名林檎の10周年記念のときがリマスタリング4枚組のポスター・ステッカー・音声付きBOXで9000円だったかということを考えたら相応か、いや安いのかと椎名林檎と比較して気付いた…しかしブックレットの編集はこちらの方が美しかったし未発表のカットもあったのでお得だったかなと思う)

まあ愚痴や文句はひとまず置いとくとして。

いや、Blu-spec CD2のことを舐めていた。申し訳ありませんでした。音質、オリジナルより全然向上してる!!こりゃよりいい音で聴きたいって思ってる人にはたまんねえやつだぜ、という感じです。

まず音の厚みが違う。ギターの音の厚みがグッと増してる、低音の強化すごい、ドラムの音が細かく聴こえる気がする、これらによってアンサンブルがより強固なものになっている…と感じています。アジカンの中で一番聴いているアルバムがファンクラブなんですが、ファンクラブ聴くとそれがすごいわかる…。いや、これはアジカンを聴いた人で中でもどのアルバム一番聴いたかで変わる気がするけど。

いや、リライトとかも音圧が上がっているんですよね。印象がちょっとゴリゴリ寄りに変わった。N.G.Sも音の厚みがドンと増してうわ!バキバキ!って印象になったり。

とは言ってますが、まだこれを書いてる時点でファンクラブまでしか聴けてはいないわけです。しかし、より良い音で聴けるなら2万って全然安いね。ペイした甲斐があったよなと、そんな気持ちになってます。 

あとは手元にある満足感がすごい。12枚組って伊達じゃない。またこの12枚が私の青春並びに人生の半分を振り返るようなものなので、それによってその満足感はさらに高まるわけです。多分この満足感高まる系の人は私だけじゃないはずだ。アジカンが青春だっていう人、みんなそうなるだろうな。

文句を言いつつも結局デレッデレになるので、私はアジカンの犬だな!と思います。躾けられている。これからも彼らが存在し続ける限りは私は喜んで彼らの犬になることでしょう。

AKG BOX、アジカンが好きで好きでたまらない人には垂涎モノのアイテムだと思います。

 

そして、ここまで読んでくださった方は「あの、トリビュートに関しては?」とお考えになられるでしょうが、ノーコメントとさせてください…。

頭カチカチの信者みたいなヲタクなので、自分は自分が聴けると思ったアジカンしか聴けねえんだわ!!!!困ったね!!!!現時点で私が聴けるアジカンカバーは奥田民生による君という花くらいです。いや、これはもう奥田民生の人の曲を自分のものにしちゃう力が絶大だからなのもあるよなあ。(この力が強いのはあとはスピッツだと思う)

私は草野マサムネ及びスピッツが何らかの間違いで、嘘とワンダーランドをカバーするトリビュートが出るまでは、アジカンのトリビュートは聴きません。いや、聴くかもしれないけど買いまではしない…何回も聴き返すなら買おうと思うけど、自分にとっては買ったところで一回聴いたらもういいです、ってなりそうなトリビュートだっていうのがあるわけですよ。

こんなこと言ってるけど、本当はトリビュート大好きなんですよ。いつかこれが受け入れられる日が来るように、誰か私の頭をかち割っておいてくださいませ。よろしゅう。

 

 

中高生の時に愛読していた、ROCK'IN ON JAPAN。ふと本屋で見かけたら、表紙をmiwaが飾っていた。

それを見た瞬間に、今に始まったことではなかったけど、ここにはもう期待してはならんな、と改めて感じた。

私が愛読していた頃は、アジカンバンプエルレに銀杏チャット9mmだとか、己の青春時代を彩ってきたアーティストたちが表紙を飾っていたのだ。

それが今じゃどうした。miwaだ。100歩譲って彼女が世間からすればロックだ!と言われても、私にとっては全くロックじゃねえよ!クソ!って話なのである。これは趣味の問題だが。

まあそういうわけで、信じていたものはもうそこにないのである。私の好きだったROCK'IN ON JAPANは死んだ、と思った。

 

マジョリカマジョルカにしたってそうだ。

「永遠に朝が来ない森の奥深くに棲むお姫様」「天高くそびえ立つ塔のてっぺんに閉じ込められたお姫様」「氷の中で美しいまま永遠に眠っているお姫様」みたいな、お伽話みたいなコンセプトが少女趣味を秘めた女性にウケていたのに、この春から、あろうことか彼女たちを手放してしまうようなコンセプトに転換してしまった。

そんなCanCamあたりの感じはインテグレートに任しときゃいいじゃん!なんでマジョマジョで展開しちゃうんだよ!アホじゃないの!?という怒り。

資生堂フィティットはマジョマジョの客層を一変させたかったのだろうか。それなら仕方ないのかな、とも思ったけれど、いやそれにしてもだよ。10年以上やってきて、今更一新できるとは私は思わないし、プチプラでその層狙うとしてもそれは他所がもうやってるだろうという気持ちになる。一線を画していたからこそのマジョリカマジョルカだったのだと私は考える。

 

こうやって、私の青春時代を彩ってきたものたちは易々と死んでしまうのかな、と考え始めたら切なくなってきた春も近づいてきた今日この頃。

懐古主義なのは重々承知だけれども、こんな風に過去にして嘆きたくはないんだよ。本心は。嘆かざるを得ないから嘆いてるだけで。

 

懺悔や似た類のものやあれそれ

 

7年くらい前だったか、見知らぬ人に土下座したことがある。どうしてそうなったか、というのは省略するのだけど。

まあ、そのときに死にたいのか!?って言われたんだけど、それに対しては答えることができなかった覚えがある。その当時の私は死にたかったのかもしれないなあ、と思った。

そしてこのことは、母にさえ言えなかった。

題にある懺悔というのは、こういった話である。これは忘れたつもりで思い出して苦しくなるので、今ここに書き出した次第。

 

7日に、父方の祖母が亡くなり、今日の9時半から告別式がある。こんなこと書いてないでさっさと寝ろという話なのだけど、心が落ち着かないのでしたためているだけなのだ。

私にとってこの通夜と告別式は、正直言って面倒臭いという気持ちでいっぱいで仕方がなかった。薄情と思われることは承知の上である。

父方の祖父母にはあまり良い思い出がなく、すぐ思い出せる事といえば、祖父に新年早々大人気なく怒られたことと、幼稚園のときに祖父母がくれたクリスマスプレゼントにあまり喜べなかったことだ。

父方の祖父は私が小学生のとき亡くなった。そのとき涙は出なかった。その当時は祖父の死よりも、祖父の入っていた病院で読んだマーガレットの、イタズラなKissの続きが気になっていたのに、作者の急逝とそれにより作品が未完で終わってしまったことの方が余程ショックだった。

今回だってそうだ。彼女が亡くなったことより、一人のアイドルの死の方がずっとずっと涙が出るし、ずっとずっと胸が痛いのだ。

なんというか、関係の希薄さを自分の中で改めて実感している。関係を希薄にしてしまったのは、自分自身だとも分かっている。

 

父方の祖父母の家に向かうと昔はそうでもなかったけれど、年を重ねるにつれ、自分がどう振る舞えばいいのかよくわからなくなってしまったのだ。これは父方の祖父母の家というか、父方の親戚の前にいるとき、というのが正しい気がするけれど。

今回も私はどうしていたらいいのか分からず、とりあえず誰の目にもあまり触れないようにするために、会わないようにするために、出来る限り遅く向かい、空間の端の方に存在するようにしていた。

思い返せば、母の葬儀のときも、なるべく誰の目にもつかないようなところにいた記憶がある。会場の階段の一番上、寒いのを我慢して、一人でイヤホンで音楽を聴いていた。大人数のところで一人になれる空間を探してしまうのは、もう直しようのない癖なんだろう。

 

「○○ちゃんが来てくれるの、おばあちゃん待ってたんだよ」と、叔父嫁は言ってくれたけど、ふんわりとしか受け止められなかったこと。そう思ってしまうくらいの薄情な孫でごめんなさい。

母ならびに母の両親に悪態をついていたということは、父と同じくらい許せないんですよ。だから、それも許してください。

父の面倒を私は見切れるとは思えなくて、こないだ市内の老人ホームを調べたこと。

私に「いい人いないの?」「結婚は?」「子供は?」と期待はもうしてはいけません。私は結婚生活に向いている人間ではありません。もし結婚できたとしても、子供は、おばあちゃんが一人いなくて、いとこも少ないことになるので、子供にとって可哀想と思ってしまうので、きっと子供も産みません。これは、母が生きていたらまた別だったとは思うけど。そうやって考えて生きているということ。

 

以上が今記しておきたい取り留めのない懺悔やそのようなもの。

皆様は美しい人生を送ってくださいませ。おやすみなさい。

 

 

推しグループのメンバーが死んだ。

 

アイドルという存在を好きになってから、去年が一番つらいと思っていた。けれど、平成29年2月8日。その日が去年よりももっとつらい一日中だった。

 

昼ごろにツイッターがざわついていて、確認したら、信じたくない言葉が並んでいた。

この現実は今も信じられないでいるし、突きつけられたものであるけれども、受け入れることはしばらくできないなと思う。

そりゃあそうだ、余命幾許かという人に対してさえ残りわずかな命ですという現実を受け入れられないものなのに、今回みたいに、「未明に急変、搬送先の病院にて死亡」なんて話はあまりに突然すぎて受け入れられるわけがないのだ。そんなあっさり受け入れられるような人間、この世に存在するとは思えない。

 

本当に、2日経った今になっても、彼女がこの世からいなくなったということに実感が湧かない。

だって、数日前にはインスタグラムに「家族旅行に行ってきた」なんて更新してた子が、急にお星様になりました、って、そんなの誰が信じられるっていうんだ?持病があったような素振りだってなくて、それが、体調崩してあっという間に、って。あんまりにも、あんまりだ。

 

なんかね、何度も同じことを繰り返してしまうんだけど、エビ中の中でも特に元気で、はしゃいでたような、そんなりななんがそんなあっさりいなくなってしまったっていう、そんなわけないだろ、ってそういう風にしか思えないんですよ。

あんなに元気だったのに?どうして?なぜ?一朝一夕でいなくなるわけないでしょ?って疑問符ばかりが浮かんできてしまうんですよ。そんなわけないじゃん、って今でも思ってる自分がいるんですよ。公式からの発表だってきちんとこの目で改めて確認したのに。それでも、それをやっぱり信じられずにいる。

りななんはただ眠ってるだけで、王子様のキスで目覚めるんだよ、白雪姫みたいにね、とか、そういう風に夢を見てしまう。そんなわけ、ないのにさ。

 

綺麗だね、可愛いね、素敵だね、とか、現在や未来を語る言葉が何もかも潰えて、これからは彼女を語るための言葉が全て過去形にならざるを得ないのかって考えたら、それがひどく悲しくなってしまった。

動画や写真を見て、「綺麗だね」で終われたらいいけれど、「やっぱり綺麗だね」って、やっぱりってつけてしまうんだ。それをつけてしまったらもうそれは過去形だと思う。どうしようもない。やるせないったらない。

 

転校(エビ中は卒業と言わずに転校と言います)という形でエビ中を去るのなら、いつかはまた会えるかなとか、理事長のツイッターとかでたまに姿見せたりもあるかな、ってそういう可能性を考えられるけれど、こんなお別れをされてしまっては、もう、何も叶わない。可能性すらもない。

 

どうして、彼女でなければならなかったのだろう。彼女が18歳という若さでこの世を去らなければならなかったのだろう。それも、一切の覚悟をもさせずに。

あと半月ちょっとで高校を卒業して、春からは大学生活が始まって、もっと素敵な大人になるはずだった彼女の人生が、どうしてここで奪われなくてはいけなかったのだろう。

そういうことを、この2日繰り返し考える。若いうちに沢山学んで、沢山遊んで、もっと素敵な大人になる彼女を見たかった。全部叶わなくなってしまったよ。ひどいよ。あんまりだよ。

 

わたしたちでこんなにも受け入れられないのだから、ご家族やメンバーはもっと受け入れられないんだよな、と。

誰も、予測し得ないことだったから。予測できてたら誰もこんな思いはしてないわけじゃないけど、まだ、まだね。

メンバーには、無理して気丈に振る舞わないでおくれ、と我儘を求めてしまう。だって、そうされる方が、考えてしまうから余計につらい。

今はただ、心のままに、動いてほしい。春ツアーとか、やれるときまで大丈夫だから、とか、そんな、そんなことを。

今はただ彼女を偲んでおくれ、とばかり。

 

 

松野莉奈さん。18年という短い生涯を駆け抜けた貴女は輝いていた。眩かった。美しかった。

願わくば、早くもう一度貴女に生まれ変わってきてください。そんな我儘です。

そして、どうか安らかに。謹んで哀悼の意を表します。

無題

 

しょうもないことをただただ書き連ねていくことを許してほしい。これはわたしの今年の話である。

 

去年の3月あたりにジャニーズWEST及び中間淳太くんに落ち、晴れてジャニヲタという道を歩み出した。

そのジャニヲタという道を歩み出したら、今まで見ていたSMAPというグループが今まで以上に素敵に見えて、SMAP担にもなった。

こんなに供給があるのか!!と、ドル誌テレビ誌もろもろ買った。それまでのわたしはバンドマンとTEAM NACSと芸人のヲタだったのでこだわったグラビアというものに見慣れがなくて、あれはたまらんこれはたまらん、と買っていた。

 

それが今年に入ってだ。1月にSMAPが解散するかもしれない、という報道が飛び込んできた。解散するかもしれない、というそれだけでわたしの頭はくらくらした。でも彼らのことだから、と思ってた。あの生放送は、あまりにも寒気がした。気持ち悪くて仕方なかった。それでもそんな話があるわけないと信じてた。

 

4月にはジャニーズWESTのコンサートに行った。初めてのジャニーズのコンサート、こんなに幸せな空間は世の中に存在しているのか!!!と感動した。彼らはみんなキラキラしていてかっこよくてわたしたちをこれでもかと楽しませてくれたのだ。そして淳太くんにガッツリファンサもらってわたしは泣いてた。

このとき、コンサートに行くまでの道で、乗せてくれたお友達の車の中で流れていたギフスマを聴きながらスマコン入りたいね、って話していたことをわたしは今も覚えていたりする。

 

6月の終わりには嵐のワクワク学校の東京2日目1部に入った。嵐もジャニーズWESTもとても素敵だった。嵐は本当にアイドルなんだなと感じたし、そんな先輩の中で一生懸命に、そして楽しそうにしているジャニーズWESTを見れたことはとても幸せだった。

8月の頭にはとうとうジャニーズJr.を観に単身で東京まで行った。本髙克樹くんを観に。生で見る本髙克樹くんはとても美しい少年だった。顔はもちろん、その躰つきも、その躰が魅せるパフォーマンスも。

というふうに、8月頭まではどっぷりとジャニーズというものに浸かっていた。

 

忘れもしない8月14日。わたしはそのときRISING SUN ROCK FESTIVALに行っていて、腹を下し、できる限りの防寒をして友達とぼんやりしているときだった。

 

SMAPは2016年12月31日を以って解散。

 

信じられなかった。いや、嘘でしょ?何言ってんの?理解できない、としか思えなかった。嘘だって言ってほしかった。

25年もアイドルとして、アイドルとしては異例のその年数を築き上げてきた人たちが、ここで折れるだなんて思ってもなかった。どうにかなるんだって、今年は何かしらやれなくても、3年や5年後だとかに、あんなこともあったね、あれは辛かったけど今は、なんて話せるようになる日が来るとか勝手に考えてた。現実はそんなに甘くなかった。出てきた解散という二文字はあまりにも非情だった。

 

ここから、ゆるやかにジャニヲタとしての炎のようなものが小さくなっていったように感じている。

 

ジャニヲタとしての炎がゆるやかに小さくなっていくことに反比例するように、元々ずっとゆるやかに燃えていたTEAM NACSの火が今年のイベントを経て大きくなったのも原因だとは思う。わたしが元々好きだったもののアニバーサリーが悉く今年に被っていた。

だとしても、わたしはどこかで熱意を消失してしまったように思う。

雑誌はパタリと買わなくなってしまったし、せっかくできたファンクラブにもなんだか入る気になれずそのまま今に至っているし、ヒルナンデスも気が向いたときにしか見なくなってしまった。(一応毎週録画はしているのだけど)

少クラも見れる環境にないし、住んでる場所で自軍を見れる機会も少ないし、なんだかあらゆる要因が重なってしまった。なんてひどい言い訳だろう。

 

今も見ればかっこいいね、可愛いね、素敵だね、と思うのだ。そこはちゃんと思うんだ。

ただ、こんなわたしが担当だなんてもう名乗れないように思っている。

ファンクラブに入ることも躊躇うし、躊躇うから現場に入れないし。それを自業自得だってのもわかってるから、諦めもついている。

あらゆるもので彼らの与えてくれるものを後回しにしてしまっているのだ。好きだよ、でもねごめんね、という気持ちに苛まれる。それでも優先してしまうものがある。だからもう、わたしは多分資格がない。それも受け入れている。

 

年が明けたら、わたしはTwitterのアカウントを消してしまおうか、ということを考えてもいたりする。

繋がってくれた人、仲良くしてくれた人とはずっと繋がっていたいし仲良くしたいと思っているけれど、わたしはそれまでみたいにジャニーズの話をできる気がしていないから。

わたしをフォローしてくれた人はわたしからジャニーズの話が出てくることだったり絵だったりを楽しみにしてフォローしてるんだろうなってことがわかっているから、わたしをフォローしてくれてても、わたし自身が申し訳なくて仕方なくなってしまうのだ。

 

そんな、2016年末のどうしようもない、わたしの話。クソみたいな文章でごめん。